自分が参画した時点で、その案件の工期はもう1日たりとも動かせないものとして確定していました。
SESエンジニアとして5年あまり、4社の客先常駐を経験してきましたが、2社目のある案件では、そのスケジュールを前提に月40〜60時間の残業を積み上げることになりました。
今回は、3次請けという立場から見た「納期が一方的に決まる」という現象について、何が起きていたのか、その裏側にある構造、公正取引委員会の調査、2026年1月に施行された取適法との関係までを整理します。
この記事で分かること
- 3次請けの立場で経験した、工期が現場の外側で確定していた案件の実際
- 工期が現場に届くまでに何社を経由し、そこで何が削られるのか
- 月40〜60時間の残業と、数日分の手戻り2〜3回という実際の数字
- 公正取引委員会のソフトウェア業の実態調査で、納期と仕様変更がどう扱われているか
- 2026年1月施行の取適法(旧下請法)が規律していること、いないこと
- なぜ下流からは工期の交渉ができないのか、という契約上の理由
- 不満を持ちながら私が何も行動しなかった理由と、同じ立場の人が今から確認できること
目次
- SESの納期が一方的に決まる理由を、3次請けの現場で実感した話
- 見積もりの前に、期限だけが先に決まっていた
- 「なぜこの期間なのか」が現場まで届かない
- 工期が現場に届くまでに、いくつの会社を経由しているか
- 各階層で、工期に対してできることが変わる
- 公正取引委員会の調査に見る、納期と仕様変更の実態
- ソフトウェア業の下請取引に関する実態調査
- 「納期が決まっているのに仕様が定まらない」という事例
- この調査から言えることと、言えないこと
- 一方的に決まった工期が、現場に何をもたらしたか
- 月40〜60時間の残業で吸収した
- 数日分の手戻りが、2〜3回
- なぜ下流のメンバーから工期の交渉ができないのか
- 契約の相手は、客先ではない
- 声を上げるコストと効果が釣り合わない
- 準委任契約でも、工期の重さは変わらなかった
- 不満はありましたが、私は何もしませんでした
- 下請法は2026年1月から「取適法」に。何が変わり、何が変わらないか
- 取適法とは
- 「納期の一方的な決定」を直接禁じた法律ではありません
- 私の2社目の取引が対象だったかは、分かりません
- 個人の武器ではなく、会社同士の交渉の背景として
- 同じ立場の人が、自分の現場を測るために見られること
- 取適法の知識を踏まえて、今なら確認できること
- まとめ
SESの納期が一方的に決まる理由を、3次請けの現場で実感した話
2社目に在籍していた頃(2021〜2023年、在籍は約1年半)の案件です。業務システムの開発で、開発手法はウォーターフォール。自社は3次請けの立場で、元請けとの間にもう1社が挟まっていました。私はリーダーでもサブリーダーでもなく、設計と実装を担当するメンバーの1人です。
その案件で最初に強く印象に残ったのは、単価でも人間関係でもなく、スケジュールの決まり方でした。参画した時点で、リリース日も各工程の期限も、すでにすべて確定していたのです。
これ自体は、ウォーターフォールの案件では珍しいことではないと思っていました。ただ、この案件で違和感が残ったのは、工期がどんな根拠で決まったのか誰も説明できないという点でした。
現場のリーダーに聞いても、上から降りてきた期限だという説明以上のものは出てきません。
見積もりの前に、期限だけが先に決まっていた
私の感覚では、本来の順序は「作るものを決める」「必要な工数を見積もる」「工期を決める」のはずです。ところがこの案件では、期限が先に固定されていて、そこに作業を押し込む形になっていました。
工程ごとの期限が細かく引かれた一覧表が配られ、それが議論の前提として扱われる。「この期間で足りるか」という問いが立てられる場面を、少なくとも私の目に見える範囲では見かけませんでした。
前提として置かれたスケジュールに対して、どう間に合わせるかだけを考える、という進み方だったのです。
「なぜこの期間なのか」が現場まで届かない
工期の根拠が説明されないこと自体は、作業をこなす上で直接の支障にはなりません。期限が示されていれば、手は動かせます。
問題は、その根拠が分からないと、どこを削れば間に合うのかも判断できないことでした。たとえばリリース日が動かせないのが顧客都合の商戦期によるものなら、機能の一部を後回しにする交渉の余地があるかもしれません。
一方で単に見積もりが甘かっただけなら、話は別です。この違いを知らないまま、現場は与えられた期限に向かって走ることになります。
工期が現場に届くまでに、いくつの会社を経由しているか
3次請けというのは、元請け(プライム)から数えて3番目の会社です。元請けが受注し、そこから1社を挟んで、自社に作業が回ってくる。私はさらにその自社から客先に常駐していました。
この構造の中で、工期は上から下へ一方向に流れます。元請けが顧客と合意したリリース日があり、そこから逆算して中間の会社の納期が決まり、さらに逆算して自社の作業期限が決まる。
逆方向、つまり現場の実感を上に押し戻すルートは、少なくとも私が見ていた範囲では機能していませんでした。
- 元請け顧客とリリース日を合意
- 中間の会社逆算して納期を決める
- 自社(3次請け)逆算して作業期限を決める
- 現場の私与えられた期限で手を動かす
各階層で、工期に対してできることが変わる
私自身が上流の会議に出ていたわけではないので、これは現場から見えた範囲での整理になります。それでも、階層ごとに工期に対して持てる関与の度合いが違うことは、はっきり感じ取れました。
| 立場 | 顧客との接点 | 工期への関与 |
|---|---|---|
| 元請け | 顧客と直接合意する | 期限そのものを顧客と決める |
| 中間の下請け | 元請けとやり取りする | 決まった期限を分解して割り振る |
| 自社(3次請け) | 元請けとの直接の接点はない | 割り振られた期限に合わせて人を出す |
| 現場のメンバー | 客先に常駐しているだけ | 与えられた期限の中で手を動かす |
この表を後から書いていて改めて思うのは、階層が下がるほど関与できる対象が「期限」から「自分の作業」へと狭まっていくことです。現場のメンバーである私に残されていたのは、決まった枠の中で作業のやり方を工夫する余地だけでした。
自分が何次請けの位置にいるのかを現場で確かめる方法は、別の記事にまとめています。
公正取引委員会の調査に見る、納期と仕様変更の実態
この構造が私の現場に固有のものではないことは、公的な調査からも確認できます。ここからは私の経験ではなく、公正取引委員会が公表した資料をもとにした整理です。
ソフトウェア業の下請取引に関する実態調査
公正取引委員会は2022年6月29日に「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」を公表しました。対象は資本金3億円以下のソフトウェア業約2万1000社です(出典: ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書|公正取引委員会)。
調査の概要では、違反行為に該当すると考えられる経験として、次の割合が示されています(出典: 実態調査報告書(概要)|公正取引委員会)。
| 違反行為に該当すると考えられる経験 | 割合 |
|---|---|
| 買いたたき | 15.7% |
| 不当な給付内容の変更 | 14.2% |
| 下請代金の減額 | 13.5% |
| 受領拒否 | 9.6% |
| 不当なやり直し | 8.1% |
| 支払遅延・不払い | 7.4% |
工期の話に直結するのは、「不当な給付内容の変更」と「不当なやり直し」です。発注内容が途中で変わったり、作ったものをやり直させられたりする経験は、私の案件で起きた手戻りと同じ種類の問題です。
また、独占禁止法・下請法の知識について「どちらともいえない」から「今回のアンケートで初めて知った」までの回答を合わせると49.0%でした。下請けの側が制度を十分に把握していない状況も、調査から読み取れます。
概要はこうした状況を、次のように整理しています。ソフトウェア制作取引には、当事者間で成果物に関する正確な共通認識を形成しづらいという特性があります。これが不当な給付内容の変更ややり直しなどを誘引し、違反行為が多重下請構造とあいまってサプライチェーン上を連鎖している、という見立てです。
「納期が決まっているのに仕様が定まらない」という事例
報告書の本体には、仕事の内容を一方的に変更されて困った経験の内訳も載っています(回答375社、複数選択。出典: 実態調査報告書(本体)|公正取引委員会)。
| 困った経験の内容(要約) | 回答数 |
|---|---|
| 発注後に作業内容がコロコロ変わる上に、追加費用分が無償対応だった | 300社 |
| 見切り発車で作業を始めさせられ、その後内容が大幅に変わり、発注がキャンセル(無償扱い)された | 144社 |
| 発注後に納期が前倒しされ、追加作業が必要なのに費用は自社持ち(無償対応)だった | 116社 |
3つ目は、納期の前倒しそのものが困った経験として挙がっている点が目を引きます。
報告書は、取引段階の上流で仕様が明確に定まっていない場合でも、納期との関係から「作業を開始せざるを得ない場合もあり」と指摘しています。事例としても、納期は決まっているのに「要件定義(仕様)が曖昧なままプロジェクトがスタートした」というものが載っています。
私が見た「期限だけが先に固定され、そこに作業を押し込む」という進み方は、この報告書が書いている構図とよく重なります。
なお、報告書にはデスマーチに関する事例として、従業員のSE向けアンケートの回答も載っています。顧客の仕様把握不足で開発項目が増えたのに納期が据え置かれ、数か月にわたって複数の担当者が夜半過ぎまで残業した、といった内容です。
この調査から言えることと、言えないこと
ただし正直に書いておくと、調査の主な対象は会社間の取引です。回答した事業者のうち該当する経験があるとした割合は、常駐しているエンジニア個人が工期をどう受け取っているかを示す数字ではありません。従業員向けアンケートの回答も、あくまで個人の声の紹介です。
私が経験した「工期が一方的に決まる」現象の発生率を示す統計も、探した範囲では見つかりませんでした。
ここで確認できるのは、多重下請けの中で下流側に不利な条件が押し付けられる事例が、行政が調査に乗り出す程度には一般的だ、というところまでです。
私の案件の取引が、これらの違反類型に当たっていたかどうかも、私には分かりません。会社間の契約内容も、金銭のやり取りも、現場のメンバーには見えないからです。
一方的に決まった工期が、現場に何をもたらしたか
構造の話だけでは実感が伝わりにくいので、その案件で実際に起きたことを書きます。
月40〜60時間の残業で吸収した
この案件で私が働いていた時期の残業は、月にして40〜60時間でした。平日はほぼ毎日残り、時期によっては休日にも作業していた記憶があります。
誤解のないように書いておくと、この残業は誰かに強制されたものではありませんでした。「今日は残ってください」と命じられた覚えはありません。
ただ、期限が動かず、作業量も減らない以上、間に合わせるには時間を足すしかない。選択の余地がないという形の強制だった、というのが今の受け止め方です。
数日分の手戻りが、2〜3回
もう1つ数字として覚えているのが、手戻りです。1回あたり数日分の作業が無駄になる規模の手戻りが、その案件の中で2〜3回発生しました。数日分という規模は、単独で見れば致命的とは言えません。工期に余裕がある案件なら、その中で吸収できる程度のものです。
ところがこの案件は、そもそも余裕がない前提で組まれていました。手戻りが発生しても期限は動かないので、削れるのは自分の時間しかありません。
手戻りの原因が誰にあったのかを、私は正確には把握していません。上流での仕様の詰めが甘かったのか、顧客側の要望が変わったのか、あるいは中間で伝わり方が変わったのか。現場に降りてきたのは「この部分を作り直してほしい」という結論だけで、そこに至る経緯までは共有されませんでした。
ポイント: 一方的に決まった工期の本当のコストは、期限そのものではなく「余白がゼロの状態で手戻りが起きること」に現れます。
余裕を持って組まれた工期なら数日の手戻りは吸収できますが、限界まで詰めた工期では、手戻りの分がそのまま個人の残業に変換されます。工期が妥当かどうかは、期限までの長さではなく「手戻りが1回起きたら何が壊れるか」で測るほうが実態に近いはずです。
なぜ下流のメンバーから工期の交渉ができないのか
結論工期を決めた層に届く経路がなく、声を上げるコストに効果が見合わないからです。
不満を持ちながら、私は工期について何かを主張することはありませんでした。それは遠慮というより、そもそも主張する先がなかったからです。
契約の相手は、客先ではない
SESで客先に常駐していると、日常的にやり取りしているのは客先の担当者です。しかし契約上、私を雇っているのは自社であり、工期を決めたのは自社よりさらに上流の会社になります。
目の前にいる人は工期を決めた人ではなく、工期を決めた人とは会ったこともない、という状態でした。
「この期間では厳しい」と伝えるとしたら、経路は自社の上長か営業になります。そこから中間の会社へ、さらに元請けへと伝わって、初めて工期を決めた層に届く。この経路が実際に機能したという話は、私の在籍中には聞きませんでした。
声を上げるコストと効果が釣り合わない
仮に自社の営業に伝えたとして、何が起きるかを考えてみると、期待できることは多くありません。元請けと顧客の間で合意されたリリース日が、3次請けのメンバー1人の申告で動く、という展開はまず想像できませんでした。
一方で、伝えることのコストははっきりしています。工期に文句を言うメンバーだという評価が、自社の側にも客先の側にも残る可能性がある。
契約更新が会社同士の話し合いで決まる仕組みは別の記事にも書きましたが、自分の評価が自分の見えないところで決まっていく環境では、この可能性は無視できません。
効果がほぼゼロで、コストだけが確実にある。 そう見積もった結果として、私は何も言わないという選択をしました。今振り返っても、この見積もり自体が大きく間違っていたとは思っていません。
準委任契約でも、工期の重さは変わらなかった
SESの契約は準委任が中心で、成果物の完成義務は負わないというのが建前です。理屈の上では、決められた期間に働くことが契約の内容であって、期日までに完成させる責任を個人が負うわけではありません。
ただ、現場でその建前が意識される場面を、私は経験しませんでした。工程の期限は全員に共有され、進捗は日次で確認され、遅れれば理由を説明する必要がある。
契約形態が何であれ、現場の運用としては期限に間に合わせることが前提でした。この建前と実態のズレは、契約書を読める立場にないメンバーには、そもそも認識する機会すらありません。
不満はありましたが、私は何もしませんでした
ここまで書いてきて、次に「だからこう動きました」という話が来ると期待されるかもしれません。正直に書くと、私は何もしていません。工期の決まり方に対して、はっきりした不信感と不満はありました。それでも自社の営業に相談することも、現場での立ち回りを変えることもしませんでした。
案件が終わった後、この経験を次の案件を選ぶときの判断材料にしたかというと、それもしていません。参画前に商流の深さを確認するようになったわけでも、工期の根拠を聞くようになったわけでもないのです。
その理由は単純で、個人では変えられないと思っているからです。内訳を分けると、次の3つになります。
何もしなかった3つの理由
- どの案件でも構造が同じ工期がどこで決まるかは、私がどの案件に行っても、3次請けという層にいる限り同じ構造になります。
- 確認しても断れない参画前に商流を確認したところで、確認した結果として断れる立場ではありません。
- 次の現場を選べない次にどの現場へ行くかが会社同士の話し合いで決まる以上、私の側に選択肢が並んでいるわけではありません。
これは達観でも割り切りでもなく、構造に対する諦めに近い感覚です。事前に確認する行動に意味が出てくるのは、確認した結果で選択を変えられる場合だけで、だから事前に確認する習慣はつかなかった、というのが実際のところです。
現場に入ってから商流を確かめることはありますが、それも状況を知るためのもので、工期の交渉につなげているわけではありません。
下請法は2026年1月から「取適法」に。何が変わり、何が変わらないか
結論代金の一方的な決定は禁止されましたが、納期・工期そのものを一方的に決めることを直接禁じる規定ではありません。
私が2社目にいた頃の取引は、改正前の下請法の時代です。その後、法律そのものが変わりました。工期の話とも無関係ではないので、公正取引委員会のページで確認できた範囲で整理します。
取適法とは
2025年5月に成立・公布された改正法により、「下請代金支払遅延等防止法」は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に変わりました。略称は中小受託取引適正化法、通称は取適法で、施行は2026年1月1日です(出典: 取適法|公正取引委員会)。
呼び方も「下請事業者」から「中小受託事業者」、「親事業者」から「委託事業者」へ変わっています。
改正の主なポイントは次のとおりです(出典: 取適法特設ページ|公正取引委員会)。
取適法の改正ポイント(一部)
- 中小受託事業者から価格協議の求めがあったのに、委託事業者が協議に応じない、必要な説明をしないなど、一方的に価格を決定する行為を禁止
- 資本金の基準に該当しなくても、従業員数の基準(製造委託等は300人、役務提供委託等は100人)に該当すれば対象になる
- 手形払いの禁止などの追加
「納期の一方的な決定」を直接禁じた法律ではありません
ここで誤解しやすい点があります。改正で禁止された「一方的な決定」は、代金(価格)についてのものです。 納期や工期そのものを一方的に決めることを直接禁じる規定ではありません。
この記事のタイトルは「納期が一方的に決まる」ですが、「取適法で納期の一方的決定が禁止された」わけではない、という点は書き分けておきます。
工期の問題に関係しうるのは、別の禁止行為です。公正取引委員会の禁止行為の解説では、「不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止」が委託事業者の禁止行為の1つとされています(出典: 禁止行為の解説|公正取引委員会)。
中小受託事業者に責任がないのに発注の取消しや発注内容の変更を行い、または受領後にやり直しをさせて、その利益を不当に害すると違反になる、という趣旨です。
違反かどうかは断定できません
先ほどの報告書に出てきた「納期が前倒しされ、追加作業が必要なのに費用は自社持ち」という類型は、この規定と関係しうる場面です。ただし、個別の取引が違反に当たるかどうかは、契約内容や費用負担、責任の所在といった事情で決まります。「あの案件は違法だった」と断定できる話ではありません。
私の2社目の取引が対象だったかは、分かりません
私の2社目の案件が、当時の下請法の適用対象だったのかどうかも、私には分かりません。適用の有無は取引当事者の資本金などで決まりますが、上位の会社の資本金を、現場のメンバーが知る機会はほとんどないからです。
つまり、私が経験した手戻りや詰まった工期が、法的に問題のある取引だったのかどうかは、いまだに確かめようがありません。
個人の武器ではなく、会社同士の交渉の背景として
もう1つ押さえておきたいのは、この法律が規律しているのは会社(事業者)間の取引だという点です。取引の当事者は会社同士で、客先に常駐しているエンジニア個人が、自分で直接使う手段として想定された法律ではありません。
自社が上位の会社と条件を協議するときの背景として、法律の内容が意味を持つ、という位置づけです。
一方、個人の長時間労働や残業代の問題は、労働法の側の話になります。この点は別の記事のほうが詳しいので、そちらを参照してください。
| 取適法(旧下請法) | 労働法(36協定など) | |
|---|---|---|
| 規律する関係 | 会社と会社の取引 | 会社と雇用されている労働者 |
| 主な関心 | 代金の決め方、発注内容の変更・やり直しの費用負担など | 労働時間、残業、割増賃金など |
| 工期との関係 | 納期を直接決める規定ではないが、変更・やり直しの費用負担で関係しうる | 工期のしわ寄せで増えた残業時間の扱いで関係する |
同じ立場の人が、自分の現場を測るために見られること
私自身が行動を変えていない以上、「こうすれば防げます」という話は書けません。ただ、この経験を構造として整理し直すと、自分の現場がどういう状態にあるのかを判断するための材料にはなります。
工期の決まり方から読み取れること
- 工期の根拠が説明されるか。説明できる人が現場にいるかどうかで、上流とのつながり方が分かる
- 工期に余白があるか。手戻りが1回起きたときに吸収できるかどうかで、破綻したときの負担の行き先が決まる
- 期限の見直しが議題になったことがあるか。一度もないなら、その現場では工期は交渉の対象になっていない
- 仕様変更の経緯が記録として共有されるか。結論だけが降りてくる状態は、下流側に経緯が届いていないサインになる
この4つは、いずれも参画前ではなく参画後に分かることです。私が「事前に確認する習慣がつかなかった」と書いたのは、こうした情報の多くが、実際に入ってみないと見えないからでもあります。
ただ、入った後に分かるからといって無意味ではありません。
自分が置かれている状況が、自分の段取りの悪さによるものなのか、それとも工期の決まり方そのものによるものなのかを切り分けられます。 これは案件を選び直す材料にはなりませんが、少なくとも、原因のない自責を抱え込まずに済む材料にはなります。
私自身、当時これを整理できていれば、もう少し余計な悩み方をせずに済んだはずです。
取適法の知識を踏まえて、今なら確認できること
私は当時これをやっていませんが、今の知識で振り返ると、メンバー個人にも確認できることがいくつかあります。いずれも効果を保証するものではなく、あくまで「材料になりうる」というレベルの話です。
メンバー個人にできる現実的なこと
- 仕様変更や手戻りが起きた日付と規模(何日分の作業が無駄になったか)を、自分用のメモに残しておく
- そのメモは、自社の営業が上位の会社と取引条件を協議するときに、現場の実態を伝える材料になりうる
- 自社の営業に「今回の変更は、追加の発注として扱われているか」と聞いてみる(答えが返ってくるかどうかも含めて、状況を知る手がかりになる)
- 工期のしわ寄せで増えた残業は、取引の問題とは分けて、労働時間の記録として自分で把握しておく
私の案件でいえば、数日分の手戻りが2〜3回ありました。当時、日付と規模を記録していれば、それが追加の発注として扱われていたのかを、後から確認する足がかりにはなったはずです。もちろん、記録があっても、それで工期が動くとは限りません。ただ、記録がなければ、そもそも話を切り出す根拠すら持てません。
声を上げるコストが高い環境ほど、声を上げるかどうかを判断するために、記録という選択肢を手元に残しておく意味があると私は考えています。
なお、こうした工期の圧縮は単独で起きるものではなく、要件定義の甘さや属人化と絡み合って現場を追い詰めていくことが多いというのが、4社の現場を経験しての実感です。炎上案件に共通するパターンは別の記事に詳しく書きました。また、エンドや元請けが「1社先まで」のように商流の深さそのものを制限する動きについても、別の記事にまとめています。
まとめ
3次請けとして参画した案件で、工期は私が現場に着く前に確定していました。その根拠は現場の誰も説明できず、月40〜60時間の残業と、数日分の手戻り2〜3回という形で、余白のなさが個人の時間に変換されていきました。
この記事の要点
- 工期が一方的に決まる理由 誰かが悪意を持っているからではなく、期限が顧客と元請けの間で先に合意され、そこから下へ分解されて降りてくる流れが一方向だからです。公正取引委員会の調査も、仕様が曖昧なまま納期が先に決まる構図を、多重下請構造とあいまって連鎖する問題として整理しています
- 取適法でできること 2026年1月施行の取適法は、代金の一方的な決定を禁じ、発注内容の変更ややり直しの費用負担にも関わります。ただし、納期・工期そのものを一方的に決めることを直接禁じるものではなく、当事者は会社同士です
- 私が何もしなかった理由 3次請けのメンバーには、工期の流れを逆流させる経路が用意されていません。声を上げるコストは確実にある一方で、効果はほぼ期待できない。私が何もしなかったのは、その計算の結果でした
だから、同じ状況で何もできなかったとしても、それは判断力や交渉力の問題ではないと私は考えています。今の現場で工期に苦しんでいるなら、その工期に根拠の説明があるか、手戻り1回分の余白が残っているかを一度見てみてください。
答えがどちらも「ない」なら、それはあなたの進め方の問題ではなく、工期が決まった場所の問題です。手戻りの日付と規模を手元に残しておけば、その事実を自社の営業に伝える材料にもなりえます。構造そのものを個人で変えることはできませんが、原因の所在を取り違えないことは、今日からでもできます。




