残業が月87時間まで積み上がったころ、元請けの担当者から「今月このままだと厳しいので、土日どちらか出られますか」と言われたことがあります。
SESエンジニアとして5年ほど、業務システムの現場を4社経験してきましたが、あの月の数字が今でも一番はっきり記憶に残っています。
今回は、月40〜60時間の残業が続いていた三次請けの現場を舞台に、36協定の上限がどこにあるのか、客先からの残業指示にどこまで従うべきなのかを、実体験をもとに整理します。
この記事で分かること
- 36協定の上限規制の具体的な数字と、年6回・休日労働の数え方
- 客先ではなく自社が36協定を結んでいるという構造と、残業を断れるかの考え方
- 月40〜60時間残業のピーク月に、元請けと自社それぞれに何を言ったか
- 精算幅(お金の話)と36協定の上限(法律の話)は別物だという整理
- 上限が迫っていると感じたときに、自分で確認できる手順と相談先
目次
SESの残業に36協定の上限はあるのか|まず数字を確認します
結論残業に上限はあります。ただし、それを決めているのは客先ではなく、自社の36協定です。
36協定とは、法定労働時間を超えて残業させるために、会社が労働者代表と結ぶ協定のことです。届け出をせずに法定時間を超えた残業をさせると、労働基準法違反になります。
時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間です。臨時的な特別な事情があって労使が合意した場合(特別条項)でも、無制限にはなりません。特別条項をつけた場合でも、次の上限は変わりません(出典: 時間外労働の上限規制|厚生労働省)。
特別条項をつけた場合の上限。原則は月45時間・年360時間です。
数え方で間違えやすい点を整理します。
- 単月100時間未満と、2〜6か月のどの期間をとっても平均80時間以内は、休日労働の時間を含めて数える
- 年720時間は時間外労働だけの数字で、休日労働は含まない
- 「年6か月まで」の6か月は、残業が45時間を超えた月の数
上限を超えて働かせた場合は、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象になり得ます(労働基準法119条)。
なお、36協定は「残業をさせても罰せられない」状態をつくるだけの手続きで、協定があるから残業を命じられる、というものではありません。残業の義務そのものは、労働契約や就業規則に根拠が必要です(出典: 時間外労働の上限規制|厚生労働省)。
数字だけ並べると制度解説のようですが、私がこの数字を初めて意識したのは、六法全書を開いたときではありません。自分の残業時間がその境界に近づいていると感じた、ある月のことでした。
月40〜60時間残業が続いた三次請けの現場
2社目にいたころ、業務システムをウォーターフォールで開発する案件に、自社が三次請けという立場で参画していました。
私は設計・実装・単体テストを担当するメンバーで、この現場の工期は現場の外側で一方的に決まっていました。その工期の中で、月40〜60時間の残業をしていたことは、以前の記事にも書いたとおりです。ただ、この40〜60時間という数字は期間全体を通じた目安で、月によって振れ幅がありました。
在籍中に2〜3回あった手戻りのうち、ある一回のあと、残業時間が普段よりはっきり増えた時期があります。
ある手戻りのあと、5か月連続で45時間を超えました
手戻りで生じた数日分の作業を、動かない工期の中に押し込む形になり、そこから残業が積み上がっていきました。
月ごとの記憶を辿ると、だいたい次のような並びで、5か月連続で45時間を超えています。その次の月にようやく38時間まで落ち着き、ここで一区切りついた、というのが実感です。
| 1か月目 | 2か月目 | 3か月目 | 4か月目 | 5か月目 | 6か月目 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 残業時間 | 52時間 | 58時間 | 87時間 | 61時間 | 49時間 | 38時間 |
| 月45時間 | 超えた | 超えた | 超えた(ピーク) | 超えた | 超えた | 下回った |
表を棒グラフにしたものです。赤い点線が月45時間です。
真ん中の87時間がピークの月でした。単月100時間未満という上限には届いていませんが、自分の中では「これ以上増えたらまずいのでは」という感覚がはっきりありました。
ただし、100時間未満の基準は休日労働を含みます。もしこの87時間が平日の時間外だけの数字だったとすれば、休日出社が1日(8時間前後)入るだけで90時間台に乗り、上限にかなり近づく計算です。当時の記録がないので、87時間に休日分がどこまで入っていたかは分かりません。
数字だけ見れば法律の上限にはまだ余裕があるのに、体感としてはすでに限界に近かったというのが、あの月の正直なところです。
「月45時間を超えられるのは年6か月まで」が気になった
5か月連続で45時間を超えたあたりで、以前どこかで読んだ「月45時間を超えられるのは年6か月まで」という基準を思い出しました。あと1回超えたら、年6回に達してしまうのではないか。そう思うと、次の月の残業がどうなるかが少し怖くなったのを覚えています。
ただ、この「年6か月」がどの1年間を指すのか、当時の私には見当がつきませんでした。36協定には協定ごとに定められた期間の起点があるはずですが、それがいつなのか、確認する発想すら浮かびませんでした。
結果としては、6か月目にあたる月の残業が38時間まで下がったので、この一連の期間だけを見れば5か月で収まったことになります。
年間の回数は確かめられません
在籍していた約1年半のあいだに、他の時期にも45時間を超えた月があったかもしれませんが、年間で何回あったのかを数えていたわけではありません。振り返って計算し直そうにも、当時の記録がもう手元に残っていないのが実情です。
ピーク月に、元請けから週末出社を打診されました
87時間のピーク月、月の後半にさしかかったころ、元請けの担当者から週末出社の打診がありました。私は即答せず、その場を切り上げています。やり取りは、記憶にある趣旨で再現するとこうなります。
今月このままだと厳しいので、土日どちらか出られますか。
一度、会社に確認させてください。
この現場では、自社のリーダーを介さず、元請けの担当者が個人に直接工数や締め切りを割り振ることがありました。この打診も、その延長線上のやり取りです。この点は別の記事にも書いています。
自社の営業にチャットを送ったのは、その日のうちです。内容と返答は、こちらも趣旨としてはこうでした。
今月すでに残業がかなり増えていて、これ以上増やして大丈夫か不安です。
特別条項付きの36協定を届け出ているはずなので、単月の上限にはまだ余裕があると思います。
具体的な上限の時間数や、特別条項を使える残り回数、36協定書そのものが示されることはありませんでした。
ポイント: この記事を書くにあたって整理し直すと、あのとき私が本当に確認したかったのは「客先の要望に応えられるか」ではなく「自社の36協定の枠内に収まっているか」でした。ただ当時は、その2つの違いを意識できていませんでした。
結局、土日出社は1日だけ引き受けました。それ以上は「他の予定があるので難しいです」と伝え、元請け側もそれ以上は求めてきませんでした。
休日出勤そのものの断り方や、割増・振替休日の扱いは、別の記事に書きました。
36協定書の現物を見せてほしいと、自分から頼んだことは一度もありません。単価のときと同じで、聞けば見せてもらえたのかどうかも、今となっては試していないので分かりません。
36協定を結ぶのは客先ではなく雇用主である自社という構造
この一件のあと、36協定について調べ直して分かったことがあります。36協定は雇用主である自社が労働者代表と結び、労働基準監督署に届け出るもので、客先の名前で結ぶものではない、ということです(出典: SES企業が知っておくべき36協定の基礎知識|レバテック)。
振り返ると、あのとき残業を打診してきたのは元請けの担当者でしたが、その残業が法律上どこまで許されるかを決めていたのは、元請けではなく自社の36協定でした。
元請けの担当者に悪気があったとは思いません。あの人が握っているのは工期と作業量であって、こちらの雇用主が結んでいる協定の中身までは、そもそも見えていなかったはずです。自社の営業も、私に聞かれて即座に上限時間を答えられなかったところを見ると、日々の窓口業務の中で36協定の細部まで常に把握しているわけではなさそうでした。
| 立場 | 握っているもの | 36協定との関係 |
|---|---|---|
| 元請け・客先 | 工期と作業量。残業を実際に求めてくる | 自社の協定には関与しない(届け出るのは所属元) |
| 自社(雇用主) | 私の雇用 | 協定の締結・届出の主体。法律上の枠を管理する責任がある |
多重下請けの中で、残業を実際に求めてくる相手(元請け・客先)と、その残業の法律上の枠を管理する責任がある相手(自社)が分かれているというのが、この一件から見えてきた構造です。
SESの契約類型を調べたときも、客先が個々のメンバーに直接指揮命令をしない建前が土台にありました。36協定についても、同じように、協定を結んで届け出るのはあくまで雇用主である自社です。
精算幅と36協定は別物ですが、重なる場面があります
ここまで読んで、以前書いた精算幅の記事と似た話に聞こえた方もいるかもしれません。実際、この2つは混同しやすいのですが、性質はまったく別物です。
精算幅は自社と客先(次請け)の間の契約で決まるお金の話で、36協定は自社と労働者代表の間で決まる労働時間の法律の話です。前者を超えても請求額が変わるだけですが、後者を超えると労働基準法違反になり得ます。
| 項目 | 精算幅(契約の仕組み) | 36協定の上限(法律の仕組み) |
|---|---|---|
| 決める相手 | 自社と客先(次請け)の契約 | 自社と労働者代表の協定 |
| 客先の関与 | 契約の当事者として関与する | 協定には関与しない |
| 超えたときに起きること | 超過分が時間単価で加算・控除される | 労働基準法違反になり得る |
| 本人が確認できる方法 | 営業に精算幅(基準時間)を聞く | 自社の36協定・特別条項の有無を聞く |
2社目の私の契約が、精算幅として何時間から何時間だったのかは、以前の記事に書いたとおり最後まで分からないままでした。仮に精算幅の例としてよく挙げられる140時間から180時間という幅だったとしても、月40〜60時間の残業自体がこの幅の中に収まっていた可能性はあります。
その場合、あの残業は請求額を1円も動かしていなかったことになります。ただそれは、36協定の上限を超えていいという話とはまったく別です。
精算幅の中に収まっているかどうかと、36協定の上限に収まっているかどうかは、独立した2本の物差しです。片方が問題なくても、もう片方は別に確認する必要があります。
客先の残業指示に、法的な上限はあるのか
結論客先が自分で決められる上限はありません。残業の枠を決めているのは、雇用主である自社が結ぶ36協定です。
客先は自社の36協定を結ぶ立場ではないので、客先自身が「何時間まで残業させてよい」という枠を持っているわけではありません。客先ができるのは、あくまで自社に対して工数や納期を要望することまでです。その要望をどこまで受け入れるかを法律の枠内に収める責任は、雇用主である自社にあります。
この整理が成り立つのは、SESの多くが準委任契約で、指揮命令はいまも建前上自社が握っているからです。
この整理の前提
もし契約が労働者派遣であれば指揮命令そのものが客先に移るので、話の前提も変わってきます。派遣でも36協定を締結・届け出るのは派遣元ですが、派遣先が協定の範囲を超えて働かせた場合は派遣先が違反の責任を負うとされています(契約類型の違いは別の記事で整理しています)。2社目の契約書も見ていない以上断定はできませんが、SESの客先常駐としては準委任である可能性が高く、以下はその前提で書いています。
裏を返すと、準委任の建前のもとでは、客先からの残業の打診は「命令」ではなく自社を通した「依頼」です。私が「一度、会社に確認させてください」と答えたのは、当時は意識していませんでしたが、この整理に沿った動き方でした。
では、36協定があれば残業は断れないのか。
結論36協定があるだけでは、残業に従う義務は生まれません。
36協定は残業をさせても罰せられない状態をつくるだけで、従う義務の根拠は労働契約や就業規則にあります。自社の就業規則に残業を命じられる旨の定めがあれば、自社からの業務命令としての残業には原則従うことになります。
逆に、その定めがなければ、36協定があっても残業を命じる根拠にはなりません。断れるかどうかは、客先の都合ではなく自社の就業規則・契約書で決まります。
もっとも、依頼と命令の境目は、現場の力関係の中ではかなり曖昧です。三次請けという立場で、元請けからの依頼を断りにくい空気があったことも事実で、そこは法律論だけでは片づきません。
断ったところで罰則を受けるのは自社であって私ではありませんが、断り方によっては次の契約更新に響くのではという不安は拭えませんでした。SESの契約更新が3か月ごとという短い周期になりがちな事情を考えると、法律上は依頼にすぎない打診でも、現場ではそう簡単に断り切れない重みを持ってしまいます。
客先からの指示が指揮命令にあたるかどうかという論点は、また別の記事で詳しく整理しています。今回は残業時間の上限に絞って書いていますが、根っこにある「客先は本来、直接コントロールする立場にない」という建前は共通しています。
上限が迫っていると感じたときに、自分で確認できること
制度の建前を知っていても、現場で残業が積み上がっている最中にそれを思い出せるとは限りません。それでも、確認できることはいくつかあります。
- 自分の月ごとの残業時間を記録しておく[客先の作業報告と自社の勤怠](/blog/ses-kintai-nijuu-kanri-zure/)のどちらかで構わないので、月末にまとめて見返せる形にしておきます。私は当時これをしていなかったので、5か月連続という数字も記憶頼りです。
- 45時間・80時間・100時間という3つの数字を覚えておく原則の月45時間、2〜6か月平均の上限、単月の上限です。後ろの2つは休日労働を含めて数えます。今どのあたりにいるかが分かるだけで、次の一手を考えやすくなります。
- 残業の打診には即答せず、自社に確認する一言を挟む「一度、会社に確認させてください」は角も立たず、法律上も理にかなった対応です。
- 自社には具体的な数字を聞いてみる「特別条項付きの36協定があるか」「単月・複数月の上限まであとどれくらいか」を聞きます。断られても、断られたこと自体が一つの情報になります。
- 精算幅の話と36協定の話を分けて考える請求額が変わるかどうかと、法律の上限に収まっているかどうかは、別々に確認する必要があります。
- 自社で埒が明かなければ外部に相談する上限を超えていそうなのに自社が取り合わない場合は、労働基準監督署や、各都道府県労働局の総合労働相談コーナーに相談できます。私は使っていませんが、月ごとの記録があれば話が早いはずです。
私自身、これらを全部やれていたわけではありません。特に1つ目の記録は、今の4社目に移ってから初めて習慣にしたことです。
今の現場は、もともと週1出社の予定でしたが、最近はほぼフル在宅です。保守・改修が中心です。あの2社目の時期のように、月の残業が50時間を超えて積み上がるという状況は、今のところ経験していません。
現場によって残業の量がこれだけ変わるのを見ると、上限の話は「制度をどれだけ知っているか」だけでなく「どの現場に配置されるか」にも大きく左右されるのだと感じます。その配置は自分では選べないことが多いからこそ、せめて数字の物差しだけは自分の手元に持っておきたいと考えています。
まとめ
SESの残業に36協定の上限はあるのかという問いに対する答えは、上限はある、ただしそれは客先ではなく自社が結んでいる協定によって決まる、というものです。
この記事の要点
- 上限の枠 原則は月45時間・年360時間で、特別条項をつけても年720時間以内(時間外のみ)、2〜6か月平均80時間以内・単月100時間未満(どちらも休日労働を含む)、月45時間超えは年6か月までという枠があります
- 私の場合 2社目で月40〜60時間の残業が続いていた時期、手戻りのあとに5か月連続で45時間を超え、ピークの月は87時間まで積み上がりました。元請けから週末出社を打診されたとき、私は「一度、会社に確認させてください」と答え、自社の営業に不安を伝えています
- 確認できなかったこと 返ってきたのは「まだ余裕があると思う」という趣旨の言葉だけで、具体的な上限の数字や36協定書そのものは、結局最後まで見ないままでした
精算幅というお金の物差しと、36協定というもう一つの物差しは別物です。どちらか一方だけを見て安心するのではなく、両方を分けて確認する視点を持っておくことをお勧めします。
もし今、残業が積み上がっていて数字が気になっているなら、まずは自分の月ごとの残業時間を書き出すところから始めてみてください。そこに、次に何を確認すべきかの手がかりがあるはずです。




