営業からの電話で「次の候補は、少し遠いんですが」と切り出され、その場で「はい」とも「いいえ」とも言えなかった経験はないでしょうか。
SESでは、契約終了が近づいた時期に、自宅から片道2時間10分かかるような遠方の客先を打診されることがあります。この記事では、そのケースを想定して、断れるかどうかと費用の考え方を整理します。
遠方の現場を断れるのか、通勤扱いか出張扱いか、費用は誰が持つのかを、確認する書類と営業への聞き方とあわせてお伝えします。
この記事で分かること
- 遠方の現場を断れるかどうかは、雇用契約書(労働条件通知書)と就業規則で決まるという考え方
- 打診の段階と命令の段階で、断りやすさがどう違うか
- 「通勤」か「出張」かは会社の規程次第で、常駐は通勤扱いになりやすいこと
- 交通費・宿泊費・引越し費用について、営業や総務に確認する内容と聞き方
- 単身赴任になる可能性があるときの確認リスト
目次
- SESで遠方の現場は断れるのか|まず確認する2つの書類
- 打診されたら見直す書類
- 配属を決めるのは客先ではなく自社
- 配属は会社が決める|転勤命令に応じなくてよい場合・応じにくい場合
- 権利濫用になりうる3つの場合
- 断りやすいのは、命令になる前の打診の段階
- 労働条件通知書の「就業場所の変更の範囲」を見る
- 「変更の範囲」の欄に何が書いてあるか
- 書類でここだけは見る
- 通勤扱いか出張扱いか|常駐は通勤扱いになりやすい
- 一般的な線引き
- 国税庁の整理では、旅費は「通常必要と認められるもの」
- 交通費・宿泊費・引越し費用は誰が持つのか
- 持ち出し額の試算(前提つき)
- 3種類の費用を分けて聞く
- 単身赴任になるときの確認リスト
- 費用以外にも確認する
- 営業への断り方・聞き方|そのまま使える例文
- 最初の返答|電話の場では保留にする
- 確認のメールに書く3点
- 断ると決めたときの伝え方
- まとめ
SESで遠方の現場は断れるのか|まず確認する2つの書類
結論断れるかどうかは、雇用契約書(労働条件通知書)と就業規則に何が書いてあるかで決まります。感覚や営業の言い方では決まりません。
遠方の打診を受けたら、返事をする前に最初に手に取るのは書類です。確認する順に、その読み方を見ていきます。
打診されたら見直す書類
打診を受けたら、手元の雇用契約書と、社内ポータルなどに置かれている就業規則を開きます。確認するのは次の3点です。
- 就業の場所がどう書かれているか
- 転勤や配置転換を命じることがある旨の規定があるか
- 勤務地を限定する記載があるか
私の雇用契約書の就業場所は「会社の指定する場所(客先常駐先を含む)」でした。就業規則には「業務上の都合により、転勤・配置転換を命じることがある」という趣旨の条文があり、勤務地を限定する記載はどこにもありませんでした。
つまり、書類の上では、遠方の現場へ配属される可能性を会社が排除していない、というのが正直な読みでした。期待していた「勤務地限定でした」という答えは出てきませんでした。
配属を決めるのは客先ではなく自社
SESの常駐先は客先ですが、私の勤務地を決める権限があるのは雇用主である自社です。準委任契約の場合、客先が私に直接指揮命令をする関係でもありません。
準委任と派遣の違いは別の記事で整理しています。
だから「客先から来てくれと言われた」ではなく、「自社が私をその客先に配属しようとしている」という構図で見るのが正確です。断る相手も、客先ではなく自社になります。
配属は会社が決める|転勤命令に応じなくてよい場合・応じにくい場合
結論転勤規定があり勤務地限定の合意がなければ、個別の同意がなくても命令は有効になりうる、というのが基本の枠組みです。ただし、それでも断れる余地が残るケースがあります。
この枠組みは、厚生労働省の「確かめよう労働条件」で配置転換の項目として紹介されています。東亜ペイント事件の最高裁判決が土台です。以下は、そのページで確認した内容の要旨です。
権利濫用になりうる3つの場合
就業規則に転勤の規定があり、勤務地を限定する合意がなければ、個別の同意なしに配置転換を命じることができるとされています。そのうえで、次のいずれかに当たる場合は、会社の命令が権利の濫用として無効になりうるとされています(出典: 配置転換|確かめよう労働条件|厚生労働省)。
命令が権利濫用になりうる3つの場合
- 業務上の必要性がないその人をその場所へ動かす業務上の理由が見当たらない場合です。
- 不当な動機・目的がある退職させる意図や嫌がらせなど、正当でない目的の場合です。
- 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある本人や家族の事情に照らして、通常耐えるべき範囲を大きく超える場合です。
職種を限定する合意がある場合は、本人の同意なしに配転はできないという最高裁の判断(滋賀県社会福祉協議会事件、令和6年4月26日判決)も、同じページで紹介されています。
勤務地を限定する合意があるかどうかも、結論はケースごとに分かれます。一般論で「断れる」「断れない」と言い切れるものではありません。
ここに書いたことの位置づけ
これは制度の枠組みの紹介で、個別の事案についての法的な助言ではありません。自分のケースが権利濫用に当たるかどうかは、事情によって結論が変わります。判断が必要な場合は、弁護士・社会保険労務士、または都道府県労働局の総合労働相談コーナーに相談してください。
断りやすいのは、命令になる前の打診の段階
法的に断れるかどうかとは別に、現実的に動きやすいのは営業の話がまだ「打診」の段階で、命令になる前です。打診の段階なら、希望条件を出して別の候補を探してもらう、という選択肢が残っています。
命令の段階に入ってから動くと、選べるのは「応じる」か「拒否して揉める」かに近づきます。だから、書類を確認したうえで、命令が出る前に自分の条件を伝えることを優先するのが現実的だと考えています。
労働条件通知書の「就業場所の変更の範囲」を見る
厚生労働省の案内によると、令和6年4月1日から労働条件明示のルールが改正され、就業場所・業務の「変更の範囲」が明示事項に追加されました(出典: 令和6年4月より、募集時等に明示すべき事項が追加されます|厚生労働省)。自分の書類にその欄があるかが、最初の確認ポイントです。
「変更の範囲」の欄に何が書いてあるか
「変更の範囲」とは、雇い入れ直後の就業場所に加えて、将来その会社の指示で配置される可能性のある場所の範囲です。「会社の定める事業所」「全国の客先を含む」のように書かれます。
私の手元にある雇用契約書は2021年入社時のもので、この欄の記載はありませんでした。改正前の様式なので、記載がないこと自体は不自然ではないはずです。
ただ、記載がないからといって、変更の範囲が無制限というわけでもありません。書かれていない場合は、就業規則と実際の運用で判断することになります。
書類でここだけは見る
雇用契約書・就業規則で確かめること
- 就業の場所が「自社の事業所」か「客先常駐先を含む」か
- 就業場所の「変更の範囲」の記載があるか、あれば範囲はどこまでか
- 就業規則に転勤・配置転換を命じることがある旨の条文があるか
- 勤務地や職種を限定する記載・合意が書面に残っているか
- 転勤時の費用について、旅費規程や転勤規程があるか
最後の項目の旅費規程や転勤規程は、就業規則の本体と別の文書になっていることが多いです。就業規則の末尾に「別に定める」と書かれていたら、そこが探す手がかりです。
通勤扱いか出張扱いか|常駐は通勤扱いになりやすい
結論通勤扱いか出張扱いかは法律で一律に決まっておらず、会社の規程で決まります。常駐は通勤扱いになりやすい、というのが私の見立てです。
遠方の現場で費用の話が出たとき、最初に迷うのはこの線引きだと思います。規程で何がどう分かれるのかを、一般的な整理で見てみます。
一般的な線引き
規程の内容は会社ごとに違いますが、整理すると次のような分け方が多いと見ています。
| 通勤扱い | 出張扱い | |
|---|---|---|
| 想定される業務 | 同じ客先に継続して常駐する | 期間の決まった短期の業務で現地へ行く |
| 費用の枠 | 通勤手当(上限あり) | 旅費規程(交通費・宿泊費・日当など) |
| 常駐の扱い | 原則こちらになりやすい | 当てはまらないことが多い |
旅費規程の出張は、1回あたりの期間が短い業務を想定していることが多く、常駐は通勤手当の対象になる設計です。出張の距離基準や宿泊費の規定は、会社ごとに違います。
距離が遠いから出張になる、とは限りません。同じ「遠方」でも、継続して同じ場所に通う形なら、通勤として扱われる設計の会社は少なくないと感じています。
国税庁の整理では、旅費は「通常必要と認められるもの」
税金の面では、国税庁のタックスアンサーが、転勤や出張などのための旅費のうち通常必要と認められるものを給与所得とならないもの(非課税)として挙げています。具体的な基準や金額はそのページには書かれていません(出典: 給与所得となるもの|国税庁 No.2508)。
通勤手当の非課税限度額は別の整理で、電車やバスの通勤なら月額15万円が上限です(出典: 電車・バス通勤者の通勤手当|国税庁 No.2582)。
非課税限度額の細かい金額表は、交通費の記事に書きました。
ここで押さえておきたいのは、非課税の上限と、会社が実際に支給する上限は別の話だということです。会社が月1万5千円のような額で頭打ちにしていても、税法上の枠がそこまで小さいわけではありません。
交通費・宿泊費・引越し費用は誰が持つのか
誰が持つかは会社の規程で決まり、確認先は営業と総務の両方です。費用は3種類に分けて確認します。引越し費用の法的な負担の扱いは、私は断定できる材料を持っていません。だから以下では、確認の仕方と、持ち出し額の試算だけを書きます。
持ち出し額の試算(前提つき)
以下は、試算の前提として置いた数字です。自宅最寄り駅から客先最寄り駅まで、乗換2回で片道2時間10分、ICカードの運賃は片道1,980円と想定します。3社目のリモートが週1〜2日(VPN)だったので、それと同じ水準で出社日が週3〜4日になる前提とし、1か月定期を買って通うと仮定しました。
通勤扱いで通った場合の試算です。定期代・手当の上限は仮の前提で、実際は会社と経路で変わります。
この前提では、月に約4万円弱、年間で約47万円の持ち出しになる計算です。月収から見れば、距離が伸びただけで大きく削られる金額です。
この試算から言えるのは、**打診されて最初に聞くべきは「通勤手当の上限」**だということです。単価や仕事内容より先に、毎月の持ち出しが見えてくるからです。
3種類の費用を分けて聞く
- 毎日の交通費:通勤手当の上限と計算方法定期代か実費精算か、月額の上限はいくらかを聞きます。
- 宿泊費:出張扱いになる場合の規程宿泊を伴う場合に、規程で認められる範囲と、会社が手配するのか立替精算なのかを聞きます。
- 引越し費用:転居を伴う場合の補助の有無規程があるか、なければ個別相談になるのかを聞きます。
引越し費用の補助は、規程に記載がなく個別相談になる会社もあります。規程にないものは、書面に残らないまま話が進みやすいので、ここだけは回答をメールなど書面で受け取っておくのが安全です。
単身赴任になるときの確認リスト
転居を伴う現場では、費用の話に加えて、期間や契約更新の話も絡んできます。単身赴任の扱いは契約書だけでは分からないことが多いので、決める前に費用以外の取り扱いも書面で確認しておくのが安全です。確認項目を、持ち帰れる形にまとめます。
費用以外にも確認する
単身赴任・転居を伴う打診で確かめること
- 赴任の想定期間と、客先との契約期間(更新の見込み)
- 契約が更新されなかった場合、元の勤務地へ戻れるのか、費用は誰が持つのか
- 住居は自己手配か、会社が借り上げるか、家賃補助はあるか
- 帰省交通費(自宅へ戻る費用)の支給の有無と回数
- 赴任手当や単身赴任手当が給与に加算されるか、その金額
- 転居先の住居費の二重負担(元の住居の契約)が出ないか
SESは契約が3か月や6か月で更新される前提なので、転居した後に契約が終わったとき、次の現場が元の場所に近いとは限りません。この点は、契約更新の記事でも書いています。
私が引越しを見送ってきたのも、3か月後にどこにいるか分からないという理由でした。転居は元に戻せるかどうかを基準に考えると、判断しやすくなります。
営業への断り方・聞き方|そのまま使える例文
断る場合は、理由を書面で伝え、同時に希望条件を出すことです。断るだけで終わると、次の候補が出てこなくなります。使える言い回しを例として紹介します。電話で話した後は、メールで同じ内容を送り直しておくと、記録が残ります。
最初の返答|電話の場では保留にする
打診の電話では、その場で返事をせず、次のように保留にするのが無難です。
通勤時間と、通勤手当の扱いを確認したいので、今日中に書面で質問を送ってもいいですか。
電話口でその場の判断を迫られても、「書面で確認してから返事する」と言うのは失礼ではありません。営業側も、規程の確認は総務に回す必要があるので、時間を取ることは珍しくないはずです。
確認のメールに書く3点
その日のうちに送るメールの要点は、次の3つです。
- 打診された現場への通勤は、通勤扱いか出張扱いか
- 通勤扱いの場合の通勤手当の上限(月額)と、実費精算か定期代か
- 転居を前提とする場合の、引越し費用・住居の補助の有無
数字や金額を聞くときは、「いくらまで出るか」という聞き方より、「規程上の上限は月額いくらか」と聞いたほうが、答えが曖昧になりません。
断ると決めたときの伝え方
規程の回答が出そろったあと、断ると決めたなら、たとえば次のように伝えます。
打診いただいた現場について、通勤時間が片道2時間10分となり、通勤手当の上限を考慮すると毎月の持ち出しが大きくなるため、今回は難しいと考えています。代わりに、自宅から片道90分以内の現場でお願いできないでしょうか。
断る理由は、距離と費用という事実だけにします。感情や不満は書かず、希望条件を同時に出します。
条件を具体的に伝えておけば、別の候補を探してもらう余地が生まれます。結果として私は、通勤が現実的な範囲の現場(今の4社目)に決まりました。
なお、その4社目(二次請け、保守・改修)は、2026年10月時点では、もともと週1出社の予定だったものが、最近はほぼフル在宅になっています。基本的にフリーアドレスで、出社しても座席がない可能性があるため、出社は控えています。通勤の負担は、距離だけでなく、実際に出社する日数でも大きく変わります。
まとめ
遠方の現場を打診されたとき、断れるかどうかは感覚ではなく、書類で確認できる部分が多いです。
- 断れるかは、雇用契約書と就業規則で決まる 転勤規定があり勤務地限定の合意がなければ、個別同意なしの命令が有効になりうる枠組みです
- 命令になる前の「打診」の段階が動きやすい 希望条件を出して、別の候補を探してもらえる余地があります
- 通勤か出張かは会社の規程次第 常駐は通勤扱いになりやすく、通勤手当には会社ごとの上限があります
- 費用は3種類に分けて、書面で確認する 毎日の交通費、宿泊費、引越し費用です
- 判断に迷う場合は第三者に相談する 弁護士・社会保険労務士、または労働局の総合労働相談コーナーです
書類を確認し、命令になる前に条件を伝えておくのが、遠方の現場を避けるうえで現実的な動き方だと私は考えています。ただ、これは打診の段階で動けた場合の話で、別の会社や別の規程であれば、結果は違うかもしれません。
もし今、遠方の現場を打診されているなら、返事をする前に雇用契約書と就業規則を開き、通勤手当の上限だけでも先に確認してみてください。それだけで、毎月いくらの持ち出しになるのかが見えてきます。
あわせて、案件の選び方そのものについては、次の記事も参考になるはずです。




