会議に出るための名刺を切らしていたら、前日に元請けの担当者から「うちの名刺、使ってください」と言われたことがあります。差し出されたのは自社の名刺ではなく、元請けの名前が入った名刺でした。
SESエンジニアとして5年ほど、二次請け・三次請けの現場を渡り歩いてきましたが、この場面に出会ったのは三次請けだった2社目、この一度きりです。
今回は、なぜ客先常駐で上位会社の名刺を渡されることがあるのか、その背景にある法的な整理と、実際にどう名乗ったかを、実体験をもとにお伝えします。
この記事で分かること
- 客先常駐で、自社ではなく上位会社の名刺・メールアドレスを使うよう求められることがある理由
- 三次請けの現場で、実際に元請けの名刺を渡され「〇〇社の者です」と名乗った経緯
- 名刺の名義を上位会社にすることの法的な整理(会社法9条・偽装請負との関係。断定はしません)
- 商流を見せたくない客先側の事情と、入館証の色分けとの対比
- 名乗り方に迷ったときに、現場のメンバーができること
目次
客先常駐で名刺の名乗り方に迷った、三次請けでの出来事
2社目は三次請けの立場で、商流は元請け、その下に二次請けが一社、そして自社という並びでした。日々の指示は元請けの担当者から直接届くことが多く、朝会で工数と締め切りを割り振られることもよくあります。この指示の出どころについては、以前、二重派遣の切り口で検証した記事に詳しく書きました。
現場に出入りする人の入館証は、ストラップの色で客先プロパー・元請け・協力会社の3種類に分かれていました。この色分けを見れば、誰がどの立場の会社の人間かは現場の中にいる人間同士なら一目で分かる仕組みです。商流の調べ方を書いた記事でも、この色分けに触れています。
普段の業務では、名刺を交換する場面自体がほとんどありませんでした。同じチームの人はすでに顔と立場を知っていて、あらためて名乗る必要がなかったからです。
自社の名刺自体は入社時に受け取っていて、月1回の帰社日で他の常駐メンバーと交換することはありましたが、客先の現場で使う機会は長らくありませんでした。この状況が変わったのは、参画から3ヶ月ほど経ったころです。
「〇〇社の者です」と名乗るよう言われた場面
三次請けの現場で、上位会社名義の名刺を渡されたときの流れを順に書きます。前日に名刺を受け取ったところから、当日の名乗り方、契約終了時の回収までです。
前日に渡された名刺
システムが連携する先のデータ移行を担当する、客先本体の別チームとの合同定例に、急遽出席することになりました。普段やり取りしている元請け・二次請け・自社のメンバーだけの場ではなく、これまで一度も接点のなかった客先の別部署が相手です。
前日、元請けの担当者から声をかけられ、封を開けたばかりの、元請けの名前が入った名刺が100枚入った箱を渡されました。
明日の会議、向こうの課長にも説明する場面が出るので、名刺を切らしてたら困りますよね。うちの名刺、余分がありますから使ってください。
〇〇社の者です、で名乗ってもらって大丈夫です。うち(自社)の名前は特に出さなくていいので。
分かりました。
翌日に迫った会議の準備で頭がいっぱいで、深く考える間もありませんでした。今振り返ると、疑問を挟む前に自分から納得してしまっていた面もあったと思います。
実際の名乗り方とメールのCC
翌日の合同定例で、私は言われたとおり「(元請けの社名)の者です」と自己紹介し、渡された名刺を差し出しました。一番緊張したのは、データ移行チームの課長から「〇〇社さんの体制は、今回何名くらいで対応されているんですか」と聞かれた場面です。
答えたのは、事前に元請けの担当者から聞かされていた体制人数だけです。自分がその「体制」の中で実際にはどの立場にいるのかまでは、聞かれもしませんでしたし、自分から説明することもありませんでした。
相手が私の本当の立場を知っていたかどうかは分かりません。少なくとも名刺の情報からは、三次請けのメンバーだとは読み取れなかったはずです。合同定例が終わった後、廊下で元請けの担当者から「助かりました、うまく説明できていましたね」と声をかけられましたが、何を評価されたのか、当時の私にはうまく飲み込めませんでした。
この現場の商流と、渡された名刺から読み取れる立場を並べると、次のようになります。
実際の商流(2社目)
- 客先データ移行チームの課長がいた側
- 元請け名刺の名義
- 二次請け1社
- 自社(三次請け)=私実際の所属
名刺から読み取れる立場
- 元請け三次請けとは読み取れない
データ移行チームとのやり取りの規模。確認作業がひと区切りつき、自然と関わりは薄れました。
メールは、元請けが用意していたデータ移行案件用の共有アドレスにCCで加わる形で参加し、自分個人のアドレスとして元請けドメインのものが新しく発行されたわけではありません。やり取りの中身は、移行対象データの項目定義や文字コードの扱いについての確認が中心で、契約や金額に関わるような込み入った調整はありませんでした。
相手には、私が三次請けの一員だという情報がまったく渡っていなかったというのが、振り返って一番引っかかっている点です。名刺交換という形式的な儀式のはずが、結果的には所属を偽って名乗ったのと同じことになっていました。
契約終了時、名刺は回収されました
この現場を離れる少し前、元請けの担当者から「例の名刺、余っている分は返しておいてもらえますか」と言われ、残りは箱ごと手渡しで返却しました。返却前に自分でも枚数を数え直し、使った分と残りを合わせてちょうど100枚になることを確認してから箱に戻しています。
返却の理由をあらためて尋ねはしませんでしたが、外部に出回る枚数を管理しておきたいのだろうと、その場では納得しました。
客先常駐で商流を見せない理由
結論客先にも元請けにも、窓口を一本にして体裁を保てる都合があるからだと、私は見ています。契約書は見られないので、あくまで解釈です。
なぜこんな入れ替えが起きるのか。契約書を見られる立場ではないので断定はできませんが、現場で感じてきた事情は3つあります。
名刺の名義が入れ替わる3つの事情(私の解釈)
- 客先から見て、窓口が一本のほうが都合がいい客先の他部署からすれば、元請け1社が一括して受託しているように見えるほうが自然です。実際には二次請け・自社と何段階も委託されていても、その内訳を毎回説明する必要はなく、窓口が一本化されていたほうがコミュニケーションもシンプルになります。
- 元請け自身の対外的な体裁を保てる自社の看板を背負って客先に入っている以上、目の前の担当者が実は三次請けのメンバーだと分かると、元請けの実行力そのものを疑われかねません。名刺の名義を統一すれば、少なくとも表面上は「元請けが自分たちのチームで対応している」という体裁を保てます。
- 手間とコストが省ける一度きりの合同定例のために自社名義の名刺をわざわざ発注するより、余っている名刺を回すほうが早くて安上がりです。深い意図があったというより、その場しのぎの現実的な判断だった可能性のほうが高いと感じています。
検索していると、名刺を何種類か使い分けているという体験談も見かけますが、私の場合は現場のほとんどで名刺そのものを使う場面がなく、今回のように上位会社の名刺を一時的に借りる、という一度きりの出来事でした。
同じ現場の中では、入館証の色分けで立場がはっきり見えているのに、一歩外に出ると1色にまとまってしまう。この落差に、当時の私は最初こそ違和感を覚えましたが、深く考えることはしませんでした。
| 場面 | 相手に見える立場 |
|---|---|
| 現場の中(入館証のストラップ) | 客先プロパー・元請け・協力会社の3種類に色分けされている |
| 合同定例の場(渡された名刺) | 元請け名義の1種類だけ |
今になって考えると、もしデータ移行の作業で不具合が見つかり、あの課長が「あのとき名刺交換した〇〇社の者に直接聞きたい」と言い出していたら、話はどう転んだのだろうかという想像も浮かびます。実際にはそういう場面は一度も起きませんでしたが、起きていた場合の対応まで、当時の自分は考えていませんでした。
名刺を上位会社名義にすることの法的な整理
このように名義を貸すこと自体に、何か法律上の問題はないのか。この記事を書くにあたって調べ直しました。
先に断っておくこと
名刺そのものを直接名指しした法律・裁判例は見当たらず、いくつかの隣接する論点を組み合わせて考えるしかない、というのが分かったことです。断定的に「名刺を渡すこと自体が違法だ」とは言えません。
| 論点 | 根拠 | 名刺の問題との関係 |
|---|---|---|
| 名義を貸したことの責任 | 会社法9条(名板貸し) | 名刺の名義を貸した会社が、誤認して取引した相手に対して連帯責任を負う可能性がある論点 |
| 指揮命令の実態 | 37号告示(偽装請負の判断基準) | 名刺の名義とは別に、日々の指示が誰からどう届いているかで判断される話 |
| 氏名の事前確認 | 疑義応答集第2集 | 名刺そのものではなく、参画前に氏名を客先へ伝えることの扱いを整理した設問 |
会社法9条(名板貸し)が示すリスクの所在
会社法9条は、自分の商号を使って事業を行うことを他人に許諾した会社は、その会社が事業を行っていると誤認して取引した相手に対して、連帯して債務を弁済する責任を負う、という趣旨を定めています(出典: 会社法|e-Gov法令検索)。
これは「名板貸し」と呼ばれる考え方で、名刺そのものを想定した規定ではありませんが、名義を貸すことで生じる責任という点では重なります。条文の書きぶりを見ると、責任が発生する前提として「誤認して取引をした」という相手側の受け止め方が要件になっています。
私が名刺交換した相手が実際に何かの取引をしたわけではないので、この条文がそのまま当てはまる場面ではありませんでした。もし渡された名刺を使って何らかの約束をしてしまい、相手が「元請けの人間と話をした」と誤認するようなことがあれば、責任の一端は名義を貸した元請け側に及ぶ可能性がある、という整理になります。
裏を返すと、名義を貸したことによるリスクは、名乗った本人よりも、名義を貸した会社側に重く乗る構造だと理解しています。
私の場合
名刺を使った当時、もし何かトラブルになったら自分が矢面に立たされるのではないかと、内心不安がなかったわけではありません。条文を読み直した今は、その不安の大部分は的外れだったと感じています。
ポイント: 名刺の名義を借りて名乗ったこと自体で、現場のメンバー個人が法的な責任を問われる場面は考えにくいというのが、会社法9条を読んだ上での私の理解です。リスクの所在は、名義を「貸した側」の会社にあります。
偽装請負・37号告示とは別の論点です
一方で、名刺の名義がどちらであっても、日々の指示が誰からどういう形で届いているかという実態は、また別の話です。この点は、以前37号告示の判断基準に照らして検証した記事にまとめました。
名刺が元請け名義だったことと、朝会で元請けの担当者から直接工数を割り振られていたことは、時期としては重なっていましたが、法的な論点としては切り分けて考える必要があります。
疑義応答集第2集の「氏名の事前確認」も、名刺とは別の話です
37号告示に関する疑義応答集には、第2集以降に「発注者が請負労働者の氏名等を事前に確認すること」を扱った設問があるようです。
確認できた範囲
私が実際に確認できたのは目次までで、具体的な質問文・回答の中身までは読み取れていません(出典: 37号告示関係疑義応答集|厚生労働省)。
ここで注意したいのは、この設問が扱っているのは「参画前に氏名を客先へ伝えるかどうか」という場面で、私が経験した「名刺の名義をどちらにするか」とは別の論点だという点です。
混同して語られているのを見かけますが、少なくとも私が確認できた範囲では、この2つを結びつける記述は見つかりませんでした。気になる方は、上記のリンクから一次資料を直接確認することをおすすめします。
客先常駐のメールアドレスや名乗り方に迷ったときにできること
正直に言うと、名刺を渡された当時の私は、深く考えずにそのまま従いました。
断る理由も、断るとどうなるかを想像する材料も持っていなかったからですし、メンバーという立場で元請けの担当者の依頼を断るという選択肢は、当時の自分には現実的に思い浮かびませんでした。
名刺の肩書き部分に「パートナー」のような表記を添えて名義を工夫する対策があるという話も、後から調べていて見かけましたが、私自身がその工夫を実際にやってみたことはありません。
今振り返って、同じ場面に立ったらどうするかを考え直してみると、いくつか手を打てる余地があったと感じています。
名乗り方に迷ったときにできること
- 名乗る前に、自分の所属を一言添えられないか考える 「〇〇社の、△△と申します」のように、上位会社名の後ろに自分の会社名を続けられないか、場の空気を見て判断する余地はあります
- 名刺を使う場面の範囲を確認する どの相手に対して、どこまでの期間その名刺を使うのかを、指示された時点で聞いておくと、後から範囲があいまいになりにくくなります
- やり取りの記録を自分でも残しておく メールがCCの共有アドレス経由だった場合、自分の手元にも控えを残しておくと、後から経緯を説明する材料になります
- 商流そのものを客先に直接尋ねない 以前、商流を客先に直接尋ねて気まずい思いをした経験から、今回も踏み込んで確認することはしませんでした。角を立てずに済む方法ではあります
これらは、名刺の名義そのものを変えられる工夫ではありません。それでも、いつまで・誰に対して・どういう形でその名義を使っているのかを自分なりに把握しておくことは、後になって状況を説明する必要が出てきたときの拠り所になります。
何も確認しないまま名乗り続けるのと、範囲を分かった上で名乗るのとでは、同じ結果でも自分の中での納得感がまるで違います。
まとめ
客先常駐で上位会社の名刺を渡されたのは、三次請けだった2社目、一度だけの経験でした。前日に「〇〇社の者です、で名乗ってください」と言われ、深く考えずに従っています。
- 名刺の名義を貸すこと自体を直接禁じた規定は見当たらない 会社法9条の名板貸し・37号告示の指揮命令の実態・疑義応答集の氏名事前確認という、3つの隣接する論点を組み合わせて考えるしかありません
- リスクは名乗った本人より、名義を貸した会社側に主に乗る ただし、だからといって何も気にせず名乗り続けていいという話でもないはずです
もし今、上位会社の名刺やメールアドレスを使うよう求められて戸惑っているなら、断るかどうかより先に、その名義をどの相手に、いつまで、どんな場面で使うのかを自分の中で整理してみてください。
名義そのものは選べなくても、範囲を把握しているかどうかは、後から状況を振り返るときの手がかりになります。




