「SESって退職金ないんですよね」。以前、現場の雑談でそう言われたとき、実はきちんと答えられませんでした。
自社に退職金の規程があるかどうか、5年間一度も確認したことがなかったからです。現役SESエンジニアとして5年、4社の客先を渡り歩いてきましたが、転職はしたことがなく退職金を受け取った経験もありません。
今回は、自社の就業規則を実際に開いて確認した記録と厚生労働省の統計をもとに、SES企業に退職金がない理由と、自分の会社で確認すべき手順を、実体験を交えてお伝えします。
この記事で分かること
- 退職金が「あって当然」ではなく、就業規則の定め方次第で支払い義務の有無が変わるという法的な建付け
- 自社の就業規則を実際に確認して分かった、退職金規程の有無と条文の探し方
- SES企業に退職給付制度が少ない背景にある、企業規模と商流の構造
- 退職金の代わりになり得る中退共・企業型DCの仕組みと、確認すべきチェックポイント
目次
SES企業に退職金がない理由を、自分の就業規則で確認してみました
ネットで「SES 退職金」と調べてみると、上位に出てくるのは大抵「SESの辞め方」「客先常駐を辞める手順」といった中途退職のノウハウ記事ばかりでした。退職金制度そのものに正面から答えている記事は、探した範囲ではほとんど見当たりませんでした。
一方で「退職金 ない 理由」という言葉で調べると、中小企業全般を対象にした社労士事務所や保険代理店の記事がヒットしますが、そこで語られているのはあくまで会社側・経営者側の視点です。雇われる側のSESエンジニアが、自分の会社の制度をどう確認すればいいかという話は見つかりませんでした。
だったら自分で確認しよう、と思い立ったのが今回のきっかけです。2021年4月に未経験で入社してからずっと同じ会社に在籍していて、転職はしたことがありません。
ただ、それは退職金の有無を確認したことがある、という意味ではありませんでした。むしろ、確認しないまま5年が経っていたというのが正直なところです。
退職金は「あって当然」ではない ― 労基法89条が定める建付け
結論退職金は法律で義務付けられた制度ではなく、就業規則に定めがなければ会社に支払い義務はありません。ないこと自体は違法ではありません。
そもそも退職金は、法律で支払いを義務付けられている制度ではありません。労働基準法第89条は、就業規則に必ず記載しなければならない事項とは別に、「定めをする場合には記載しなければならない事項」を列挙しています。退職手当はこの区分に位置づけられています(出典: 労働基準法|e-Gov法令検索)。
つまり、退職金という制度をそもそも設けるかどうかは会社の自由です。ただし、いったん制度を設けると決めた場合には、適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払の方法、支払の時期を就業規則に記載する義務が生じます。
「うちの会社は退職金がないなんておかしいのでは」と感じても、就業規則に退職金の定めがなければ、そもそも支払う義務自体が発生していない、というのが法律上の整理です。ここを誤解したまま話を進めると、的外れな不満になってしまいます。
では、自分の会社に退職金の定めがあるのかどうかは、どうやって確認すればいいのか。ここから先は、自分が実際にやった手順の話です。
就業規則をどう探し、どこを読んだか ― 入社時と5年目、2つの場面
退職金の規定をどう探し、どこを読んだのかを、入社時と5年目の2つの場面に分けて書きます。入社時には見落としていたことが、5年目に読み直して初めて見えました。
2021年4月、入社手続きの書類の山では気づかなかった
今の会社に入社したのは2021年4月です。集合研修2週間と自習期間3週間ほど、合計5週間ほどの間に、大量の書類にサインをしました。
雇用契約書とは別に、秘密保持や退職後の転籍制限に関わる誓約書のようなものにも署名した記憶があります。この誓約書の扱いは別の記事で整理しています。
同じ時期に配られた書類の中には、「就業規則(抜粋)」というA4十数ページほどの冊子もありました。
目次には「服務規律」「賃金」「休日・休暇」といった章立てがあったのは覚えています。ただ、そこに「退職金」や「退職手当」という項目があったかどうかは、正直なところ記憶にありません。
未経験からの入社で、次々と差し出される書類にサインすることに気を取られていて、退職金の有無を確認するという発想自体がなかったのです。同期7人との間でも、退職金が話題に上った記憶はありません。
5年目、記事を書くにあたって初めて本気で確認しました
「SESに退職金はあるのか」という話題をどこかで目にしたことをきっかけに、この年になって初めて、自社の制度をきちんと確認してみることにしました。
自社のイントラネットには、以前副業の届出を確認したときに触れた規程集のフォルダがあります。
確認した順番は次のとおりです。
- 規程集のフォルダを開く「就業規則(本則)」「賃金規程」「旅費規程」「育児・介護休業規程」といったPDFが並んでいましたが、「退職金規程」という名前のファイルはありませんでした。
- 本則の目次を確認する「第9章 退職」という章はありましたが、中身は自己都合退職の手続き(退職届の提出期限など)と解雇事由についての規定だけで、退職金の金額計算に触れる条文は見当たりません。
- PDF内をキーワード検索する「退職金」「退職手当」で検索すると、ヒットしたのは1か所だけでした。第9章の末尾、第41条にあたる箇所に「当社は退職金制度を設けない」という趣旨の一文があったのです。
正直なところ、拍子抜けした感覚がありました。5年間気にも留めていなかった一文を、検索窓にキーワードを打ち込むだけであっさり見つけてしまったからです。確認しようと思えばいつでもできたことを、5年間放置していた自分への反省のほうが、見つかった安堵よりも大きかったというのが本音です。
人事に確認したメールと、営業とのかみ合わなかった雑談
就業規則の記載だけで判断せず、人事(総務)宛にメールで問い合わせもしました。聞いたのは、退職一時金のような制度が本当にないのか、中小企業退職金共済のような外部の制度に会社として加入していないか、の2点です。
数日後に返ってきた回答は、「退職一時金の制度は設けておらず、中小企業退職金共済等への加入もございません。福利厚生の一環として確定拠出年金の導入を検討した時期もあったと聞いていますが、現時点では実施しておりません」という趣旨のものでした。「聞いています」という伝聞混じりの言い方が印象に残っていて、人事担当者自身もそこまで詳しい経緯は把握していない様子でした。
別の日、担当営業と雑談していたときに、軽い気持ちで聞いてみたことがあります。
退職金ってどれくらいの人がもらえてるんですかね
正直、詳しくは分からないです
就業規則を持っている人事と、現場に近い営業とでは、退職金への向き合い方がはっきり分かれていました。人事は答えられても、営業はほとんど意識していない。この差は、確認してみるまで想像していませんでした。
SES企業に退職給付制度が少ない理由 ― 企業規模と統計から見る
結論企業規模が小さいほど退職給付制度のある割合は下がります。商流が深く利益率の薄いSES企業は原資を確保しにくい構造も重なる、と私は見ています。
自分の会社だけがたまたま退職金なしだったのか、それとも業界としてよくあることなのか。厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」(調査時点は2023年1月1日)で確認してみました。退職給付の項目は5年周期の調査事項で、2026年10月時点で公表されている直近の数字がこの令和5年のものです。
退職給付(一時金・年金)制度がある企業の割合は、全産業計で74.9%です。裏を返せば、およそ4社に1社は何らかの退職給付制度を持っていないことになります(出典: 令和5年就労条件総合調査の概況|厚生労働省)。
この割合は企業規模によってはっきり差があります。
| 企業規模 | 退職給付制度がある企業の割合 |
|---|---|
| 1,000人以上 | 90.1% |
| 300〜999人 | 88.8% |
| 100〜299人 | 84.7% |
| 30〜99人 | 70.1% |
割合は企業規模が小さくなるほど下がり、30〜99人規模では70.1%にとどまります。100人を境に10ポイント以上の開きがある形です。
この比較の前提
自社の規模は、正確な従業員数を照会したことがないので断定はできません。名刺交換や採用ページで見た印象では数百人規模だと見当をつけています。また、この統計は全産業や情報通信業全体の数字で、SESという業態、しかも二次請け・三次請けが多い中小規模の企業だけを取り出した数字ではありません。
だとすれば、この表でいう300〜999人か100〜299人のあたりに位置していそうです。それでも実際には、退職金規程そのものがありませんでした。
統計上は「制度がある企業のほうが多い規模」に見えても、個別に開けば制度がない会社は当然あります。平均に埋もれてしまう部分を、自分の会社が体現していた形でした。
産業別に見ると、情報通信業は74.6%と、全産業計とほぼ同水準でした。
SES企業の多くは商流が深く利益率が薄くなりやすい構造を抱えていることは、単価と賞与を扱った次の2本でも触れたとおりです。
退職金の原資を確保しにくい構造を抱えているというのは、この延長線上にあると考えるのが自然です。
もう一つ興味深いのは、退職給付制度を持つ企業の内訳です。退職一時金制度のみが69.0%、退職年金制度のみが9.6%、両方を併用しているのが21.4%でした。「退職金」と聞いて多くの人がイメージするのは、退職時にまとまった額を受け取る一時金の形ですが、それを支える原資の準備方法にも会社ごとに差があります。
退職一時金の支払準備形態を見ると、社内準備が最も多く、次いで中小企業退職金共済(中退共)、特定退職金共済の順でした。
退職一時金の支払準備形態(複数回答)。
社内準備というのは、会社が自前で資金を積み立てておく方式です。裏を返せば、業績が悪化したり資金繰りが厳しくなったりすると、この積立が後回しにされるリスクを抱えている方式でもあります。
中退共のような外部の共済制度に加入していれば、会社の資金繰りとは切り離された場所に掛金が積み立てられるので、その点では労働者側にとって安心感があります。
自分の会社が中退共にも加入していなかったという事実は、退職金という制度そのものへの投資が、社内準備すらしていない段階にあることを意味していました。
もし退職金があったら ― 中退共と企業型DCの仕組み
自社に退職金がないと分かった以上、これ以上望んでも仕方ない部分はあります。それでも、退職金の代わりになり得る制度がどんな仕組みなのかを知っておくのは、今後の会社選びや自分で備える際の判断材料になると思い、調べてみました。
中小企業退職金共済(中退共)
中退共は、中小企業が単独では退職金制度を持ちにくいことを踏まえて用意されている、国の共済制度です。掛金は月額5,000円から30,000円までの16種類から選べます。5,000円から10,000円までは1,000円刻み、12,000円から30,000円までは2,000円刻みで、短時間労働者であれば2,000円から4,000円という低い掛金も選べます(出典: 中退共 掛金について|勤労者退職金共済機構)。
新規に加入する企業には、国からの助成もあります。
中退共の助成
- 加入後4か月目から、掛金月額の2分の1(上限5,000円)が1年間助成されます
- 掛金を増額する場合は、月額18,000円以下の増額分の3分の1が1年間助成されます(出典: 中退共 掛金の一部を国が助成|勤労者退職金共済機構)
仮に自社が最低額の月5,000円で中退共に加入していただけでも、社内準備よりは労働者側にとって安心できる形だったはずです。
企業型確定拠出年金(企業型DC)
もう一つの選択肢が企業型DCです。会社が掛金を拠出し、従業員自身が運用方法を選ぶ制度で、運用成果によって将来受け取る額が変わります。
2026年10月時点で、企業型DCのみを導入している場合の拠出限度額は月額55,000円です。他の企業年金制度と併用している場合は、55,000円からその制度の掛金相当額を差し引いた額が上限になります(出典: 確定拠出年金制度の拠出限度額|厚生労働省)。
この限度額は、2026年12月1日から月額62,000円に引き上げられる予定です。あわせてiDeCo(第2号加入者)も、企業年金等との合計で月62,000円の枠に一本化される予定になっています。企業型DCのマッチング拠出にあった「加入者掛金は事業主掛金以下」という制限は、2026年4月1日に撤廃されました(出典: 2025年改正の概要|厚生労働省)。
退職年金制度がある企業のうち、企業型DCを支払準備形態として使っている割合は50.3%で、厚生年金基金の19.3%や確定給付企業年金の44.3%より高くなっています。退職金というと社内でまとめて用意する一時金のイメージが強かったのですが、統計を見る限り、外部の制度を使う形に比重が移ってきているようです。
調べて感じたこと
ここまで調べて感じたのは、一エンジニアの立場から「中退共に加入してほしい」と会社に働きかけたところで、すぐに制度が動く見込みは薄いということです。
福利厚生の制度設計は労務や経営層が決めることで、現場の一社員の声で数か月のうちに変わるようなスピード感ではありません。会社の制度が変わるのを期待するより、自分の手で備える方法を先に押さえておくほうが現実的だと、今回調べてみて改めて思いました。
退職金がないと分かったら確認しておきたいこと
自分の会社に退職金がないと分かったところで、状況が今すぐ変わるわけではありません。ただ、確認したことで見えてきた、次に取るべき行動はあります。
退職金の有無を確かめる手順
- 就業規則の「退職」の章を自分で開いて確認する 人づてに聞いた情報より、条文そのものを確認したほうが確実です。イントラネットや総務に、規程集の保管場所を聞くところから始めます
- 「退職金規程」という別紙があるかどうかを見る 本則の中に埋め込まれている場合と、別紙として独立している場合があります。ファイル名に「退職金」という言葉が入っていなくても、本則の目次にある「退職」の章は必ず開いて確認します
- 見当たらなければ、人事に直接聞く 退職一時金だけでなく、中退共や企業型DCのような外部制度への加入の有無も合わせて聞くと、社内準備すらしていないのか、外部制度で備えているのかまで分かります
- 「ない」と分かったら、勤続年数に応じた自助努力に切り替える 退職金がある場合、税制上は退職所得控除という優遇があり、勤続20年以下なら40万円×勤続年数(最低80万円)、20年超なら800万円+70万円×(勤続年数-20年)が控除されます(出典: 退職所得控除額|企業年金連合会)。この優遇は退職金という受け取り方に対するものなので、iDeCoやNISAで自分で積み立てる場合は、この控除の枠組みとは別に、それぞれの制度が持つ税制優遇を確認しておく必要があります
- 面談や求人票の「退職金あり」という表記を鵜呑みにしない 「制度あり」という表記だけでは、金額水準や支給条件までは分かりません。可能であれば面談で「勤続何年からいくらぐらいか」まで踏み込んで聞く、内定後に就業規則の該当条文を確認させてもらうといった、一段階踏み込んだ確認をしておくと安心です
退職金の有無だけで会社を判断しない
退職金の有無は、転職や独立を考えるときの一つの判断材料にはなりますが、それだけで会社の良し悪しを決めつけるものではありません。中退共や企業型DCに加入していない会社が、必ずしも他の待遇まで悪いとは限らないからです。制度の有無を確認したうえで、給与・賞与・評価制度など他の条件と合わせて見たほうが、判断を誤りにくくなります。
自分の場合、退職金がないと分かった今も、転職を考えているわけではありません。ただ、勤続年数だけを漠然と積み重ねていても、退職時にまとまった金額を受け取れる見込みがないという前提は、これまでよりはっきり意識するようになりました。iDeCoやNISAといった制度について、これまで「そのうち調べよう」で済ませていたのを、そろそろ本腰を入れて調べようと思っています。
もし他社の退職金や福利厚生の条件も見比べたくなったら、IT職種特化の転職エージェント(@PRO人
など)で求人の条件を見てみるのも一つの材料になります。転職すると決めなくても、外の相場を知っておくと、自社の制度を冷静に見られます。
まとめ
この記事で確かめたことは、次の3点です。
- 法律の建付け 退職金は法律で義務付けられた制度ではなく、就業規則に定めがある場合にだけ支払い義務が生じます
- 自社の場合 5年間在籍してきた会社の就業規則を初めてきちんと確認し、「退職金制度は設けない」という一文を見つけました。人事に聞いても中退共のような外部制度への加入はなく、社内準備すらされていない状態でした
- 統計と業界の構造 厚生労働省の統計では、退職給付制度がある企業の割合は企業規模が小さくなるほど下がり、30〜99人規模では70.1%にとどまります。二次請け・三次請けが中心で商流が深いSES企業は、この規模帯に位置することが多く、退職金の原資を確保しにくい構造を抱えていると考えられます
もし今、自分の会社に退職金があるのかどうかを知らないまま働いているなら、就業規則の「退職」に関する章を自分の目で確認することから始めてみてください。人づての情報や求人票の記載だけで判断せず、条文と人事の回答という一次情報に当たること。それが、5年かけてようやく自分の会社の実態を確認できた自分からの、率直なアドバイスです。




