客先のオフィスの階段で足をひねった、帰りの駅で転んだ、在宅中に椅子から落ちた。そんなとき、連絡するのは目の前の客先の担当者か、それとも会社の営業か、一瞬迷う人は多いはずです。私はSESで4社の現場に入り、入場のたびに「何かあったらどこに連絡するのか」を確認してきました。
今回は、客先常駐でけがをしたときの労災の連絡先と、「労災隠し」に巻き込まれないための動き方を、公的な資料に沿って、現場での備え方も交えてお伝えします。
この記事で分かること
- 客先常駐のけがは、雇用主である自社に最初に連絡する理由
- 連絡の順番と、客先に伝えること
- 労災隠しとは何で、客先が渋ったときにどう動くか
- 通勤災害が、SESの現場移動でどう効いてくるか
- 在宅中のけがが労災になる場合とならない場合
- 労災と傷病手当金の線引き
目次
- 客先常駐でけがをしたら労災は使えるのか|連絡先は自社が先です
- 客先の敷地内でけがをしても、窓口は変わりません
- 労災かどうかを決めるのは、会社ではありません
- 連絡の順番|自社へ最初に、客先には事実を共有します
- 自社と客先に、同じ内容を同じ言葉で伝えます
- 客先が渋る場面と、労災隠しを避ける動き方
- 労災隠しとは何か
- 労災隠しは、けがをした本人にも不利益になります
- 渋られたときの動き方
- SESの通勤災害|現場が変わるたびに、通勤経路も変わります
- 寄り道をすると、そこから先は通勤になりません
- 在宅勤務中のけがは労災になるのか
- 労災にならない例は、私的な行為が原因のとき
- 在宅の日に、記録しておくと役に立つこと
- 労災と傷病手当金の線引き、そして心の不調
- 入場時に、けがへの備えとして確認しておくこと
- まとめ
客先常駐でけがをしたら労災は使えるのか|連絡先は自社が先です
結論最初に連絡するのは、雇用主である自社です。労災の手続きは客先ではなく、自社を通して進めるものと考えておくのが基本です。
SESで働く私たちは、客先の社員ではなく、自社に雇用されている労働者です。給与も、社会保険も、自社が払っています。だから、けがをしたときの窓口も自社になります。
ここでは、なぜ自社なのかと、客先の敷地内でけがをしても自社なのか、を順に見ていきます。
客先の敷地内でけがをしても、窓口は変わりません
客先のビルの中で業務中にけがをしても、雇用関係が自社にある以上、連絡先は自社の営業や管理部門です。客先の担当者は、常駐する場所を提供している立場で、私の雇用主ではないからです。
ただし、契約の形(準委任か派遣か)によって、客先側にも求められる手続きがあるかもしれません。この記事が根拠にしている公的資料ではそこまで確認できていないので、客先の手続きの有無は断定せず、自社の管理部門に確認する前提で進めます。契約の形による違いは、別の記事に書きました。
実務では「自社に雇用されている労働者なので、まず自社へ連絡し、客先には事実を共有する」と動くのが安全です。契約ごとの細かい手続きは、自社の管理部門が把握しているはずなので、そこに任せます。
労災かどうかを決めるのは、会社ではありません
「うちの会社は労災にならないと言っている」と聞くことがあります。厚生労働省の案内では、労災かどうかを判断するのは事業主ではなく労働基準監督署長だと説明されています。
労災保険の請求は、被災した本人が行うものとされています。事業主の証明が必要な欄でも、事業主に証明を拒否された場合に請求ができないわけではありません。
出典: 事業主が労災であることを認めてくれない場合|厚生労働省
この仕組みを知っているだけで、会社や客先に「労災ではない」と言われたときの受け止め方が変わります。それは会社の意見であって、判断ではないからです。
連絡の順番|自社へ最初に、客先には事実を共有します
動き方の順番を、私は次のように決めています。けがの程度が軽くても同じです。
- 安全の確保と応急処置けがの手当てと受診が最優先です。連絡は、動ける状態になってからで構いません。
- 自社の営業か管理部門へ連絡いつ、どこで、何をしていて、どうなったかを事実だけ伝えます。メールやチャットで残る形にします。
- 客先の現場責任者へ事実を共有自社と話したうえで、客先にも「業務中にけがをした」ことを伝えます。
- 受診先で「仕事中のけが」と伝える労災の治療では、健康保険は使えないとされています。窓口で最初に伝えます。
- 請求の手続きを自社と進める書類の作成と提出の段取りを、自社の担当者と確認します。
4番目の健康保険の扱いは、神奈川労働局のページに「労働災害に健康保険は使えません」と書かれています。後から気づくと、窓口での精算をやり直すことになりかねないので、初診の受付で仕事中のけがだと伝えるのが確実です。
自社と客先に、同じ内容を同じ言葉で伝えます
連絡の内容は、自社にも客先にも同じにします。「いつ・どこで・何をしていて・どうなったか」の4点です。経緯の説明が2か所でずれると、後で話がこじれやすくなります。
次のやり取りは、実際にあった会話ではなく、連絡の形を示すために組み立てた例です。
本日15時ごろ、客先の2階の階段で足をひねりました。業務中のことです。受診して、結果を後ほど連絡します。
ありがとうございます。客先には私からも一報を入れます。受診先では仕事中のけがだと伝えてください。
営業にも一報を入れてもらうと、自社と客先の間の話が揃います。ただし、営業が連絡するから自分は何もしなくていい、とは考えないでください。自分でも事実の記録を手元に残しておきます。
客先が渋る場面と、労災隠しを避ける動き方
客先常駐では、「大ごとにしたくない」「契約に影響する」という空気で、けががなかったことにされるおそれがあります。ここでは労災隠しが何を指すのか、渋られたときにどう動くのかを整理します。
結論から言うと、本人が自分で手続きを進められる道は残っています。空気に合わせて黙る必要はありません。
労災隠しとは何か
厚生労働省のQ&Aでは、労災かくしを「労働者死傷病報告を故意に提出しないこと、または虚偽の内容で提出すること」と説明しています。根拠は労働安全衛生法100条と、労働安全衛生規則97条です。
神奈川労働局のページでは、労災かくしは労働安全衛生法120条により50万円以下の罰金の対象になる犯罪だと説明されています。事業者は、労働者が死亡または休業したときは、遅滞なく様式第23号の報告書を労働基準監督署長に出さなければならないとされています。
この記事の範囲外の点
報告の提出期限の細かい日数、休業補償の給付率や時効、SESの契約形態ごとに客先へ報告義務が生じるかどうかは、この記事では扱いません。実際に手続きをするときは、労働基準監督署か自社の管理部門に確認してください。
つまり、休業するほどのけがなのに報告を出さない、あるいは事実と違う内容で出すことが、罰則のある行為になります。労災隠しは、現場の「気遣い」では済まない話です。
労災隠しは、けがをした本人にも不利益になります
神奈川労働局のページには、労災かくしの弊害が書かれています。労働基準監督機関が災害の原因を調べられないので抜本的な対策が取れず、被災した労働者も十分な治療を受けられないため、後遺症が残る確率が高くなる、という説明です。
罰則の話だけを見ると会社側の問題に見えますが、本人の治療にも跳ね返るのが労災隠しです。「自分さえ黙っていれば丸く収まる」という判断が、一番損をするのは自分だと分かります。
同じページには、元請などから労災かくしを指示された場合は労働基準監督署に相談するよう書かれています。客先から「なかったことに」と言われる場面も、相談先は同じ労基署と考えてよいでしょう。
渋られたときの動き方
客先や自社が渋ったときの動き方は、感情的にならず、順番に進めるのが私の考えです。
渋られたときの4つの動き
- けがの経緯と受診日、診断書の控えを、日付つきで手元に残す
- 連絡は口頭で済ませず、メールやチャットの文面で残す
- 「労災にしない」と言われても、判断するのは労基署だと思い出す
- それでも進まなければ、労働基準監督署に相談する
SESでは「契約を切られるかもしれない」という不安が、声を上げる障害になります。契約終了は自分の与り知らないところで決まることが多く、その怖さは私にも分かります。
それでも、けがの治療費や休業中の補償は、本人の生活に直結します。ここを黙って飲み込んで失うものと、声を上げて失うかもしれないものを、天秤にかけて決めることになります。私は、記録だけは必ず残しておくことを勧めます。声を上げるかどうかを決めるのは、記録を揃えた後で十分です。
自社が動かない場合の相談先は、労働基準監督署です。厚生労働省のページにも、会社が労災を認めないときの相談先は労基署だと書かれています。
SESの通勤災害|現場が変わるたびに、通勤経路も変わります
SESは、現場が変わるたびに通勤の駅も路線も変わります。通勤中のけがが労災になるのかは、覚えておく価値があります。
石川労働局の説明では、通勤災害は、住居と就業場所の間の往復を、合理的な経路と方法で行っている間のけがが対象です。通常利用できる経路なら複数あってもいずれも合理的で、道路工事などでやむを得ず迂回した経路も含まれます。一方、特段の理由もなく著しく遠回りする経路は合理的とされません。
寄り道をすると、そこから先は通勤になりません
通勤の途中で、通勤と関係のない目的で経路を外れたり(逸脱)、途中で止まって別の行為をしたり(中断)すると、その間とその後は原則として通勤になりません。石川労働局の例では、通勤の途中で映画館に入る、バーで飲酒する、といった場合です。
ただし例外があります。日用品の購入、職業能力の開発向上に資する教育訓練、選挙権の行使、病院での診察や治療、要介護の家族の介護は、日常生活上必要で、やむを得ない事由があり、最小限度の範囲であれば、逸脱・中断の間を除いて、経路に戻った後は再び通勤として扱われます。
経路上の店で新聞や雑誌を買う、近くの公衆便所を使うといった、通勤に付随するささいな行為は、必ずしも逸脱・中断にはならないとも書かれています。帰りに何かに寄るときは、それが通勤の範囲かを一度考える習慣があると安心です。
SESで通勤経路が問題になりやすい3つの場面
- 現場が変わった直後慣れない経路で、乗り換えや駅の階段でのけがが起こりやすい時期です。通常利用できる合理的な経路を使っているかを確認します。
- 面談や顔合わせの往復入場前の面談の帰りなど、就業場所ではない場所への移動は、通勤にあたるかが個別の事情で変わりえます。迷うなら労基署に確認します。
- 出社と在宅が混ざる働き方在宅の日は通勤がありません。出社の日だけが通勤災害の対象で、自宅での転倒は別の整理になります。
2つ目の「面談の往復」は、判断がつきにくい例として挙げました。通勤にあたるかは個別の事情で決まるので、自己判断せず、まず自社に相談します。
在宅勤務中のけがは労災になるのか
私の4社目は、いまはほぼフル在宅です。もともとは週1回出社の予定でしたが、フリーアドレスで座席がない可能性があるので、出社を控えています。だから在宅中のけがは、私にとって一番ありえる状況です。
厚生労働省のテレワーク総合ポータルのQ&Aでは、テレワークでも労災保険法が適用されると説明されています。ここでは、労災になる場合とならない場合の線引きを、同じQ&Aに沿って見ます。
出典: テレワーク中の災害は、労災保険を適用できますか。|厚生労働省 テレワーク総合ポータル
労災にならない例は、私的な行為が原因のとき
同じQ&Aには、就業時間内であっても、私的行為が原因のけがは業務上の災害にならない、という例が載っています。自宅のベランダで洗濯物を取り込む、個人宛ての郵便物を受け取る、といった行為の最中に転んだ場合です。
つまり、業務の時間中かどうかではなく、けがの原因になった行為が仕事かどうかで見られます。逆に、仕事そのものの作業中のけがであれば、労災の対象になりうると考えるのが自然です。
どこまでが私的行為かは、個別の事情で変わります。迷ったときは自己判断せず、自社の管理部門か労働基準監督署に確認するのが安全です。
在宅の日に、記録しておくと役に立つこと
在宅の最大の弱点は、誰も見ていないことです。けがの状況を後から説明するために、私は次の2点を意識しています。
- 始業と終業の時刻が分かる記録(チャットの開始と終了の発言、勤怠の打刻)を、普段から残す
- けがをしたら、その時刻と状況を、すぐに自社の担当者へチャットで送る
在宅は、仕事中か私的な時間かの境目があいまいになりやすい働き方です。始業の記録が残っているだけで、説明の根拠になります。
労災と傷病手当金の線引き、そして心の不調
けがや病気で休むとき、どの制度を使うのかは、原因が仕事かどうかで分かれます。仕事が原因のけがは、先ほど見たとおり健康保険ではなく労災保険の側で扱われます。仕事以外が原因で休む場合は、健康保険の傷病手当金など別の制度の話になります。
傷病手当金の制度については、別の記事で詳しく書きました。
仕事が原因かどうかの判断が難しい場合(長時間の残業が続いた後の不調など)もあります。精神的な不調や過労については、この記事では扱いません。客先でのハラスメントが関わる場合の動き方は、別の記事にまとめています。
炎上案件で疲弊したときの状況判断は、次の記事にあります。
入場時に、けがへの備えとして確認しておくこと
ここまでの話を、実際に動く前の備えに落とします。私は入場のたびに、書類の緊急連絡先の欄を埋めています。
私の場合
2社目の入場時は、客先の入館手続きの書類に緊急連絡先の欄があり、家族の連絡先を書きました。同時に、自社の営業の連絡先が自分のスマホに入っているかを確認しました。入場のたびに同じ2点を確かめる習慣は、1社目から続けています。
4社目では、立場が変わった点があります。数か月後に管理職になり、3〜5名のメンバーを見る立場になりました。メンバーがけがをしたら、私が最初に連絡を受ける可能性があります。
そのときに迷わないよう、自社の管理部門の連絡先と、客先の現場責任者の連絡先を、チームの連絡先一覧に最初から載せています。実際にけがが起きて使った、という話ではありません。迷う時間を減らすための準備です。
入場時に確かめる5つのこと
- 自社の営業と管理部門の連絡先が、スマホに入っているか
- 客先の現場責任者と、緊急時の窓口が誰か
- 入館や入室の書類の緊急連絡先を、誰にしたか
- 通勤の経路を、自社に届けた内容と合わせているか
- 自社の就業規則や社内の案内に、労災時の連絡手順が書かれているか
この5つのうち、一番確認に手間がかからないのは1つ目です。入場して最初の1週間のうちに、自社の連絡先を一度見直しておくだけで、いざというときの動きが変わります。
自社の案内に手順が書かれていない場合は、営業に「業務中にけがをしたとき、どこに連絡するのが決まりですか」と聞いておくと確実です。
まとめ
客先常駐でけがをしたら、最初に連絡するのは雇用主の自社です。客先には事実を共有し、手続きは自社を通して進めます。労災かどうかを決めるのは事業主ではなく、労働基準監督署長です。
- 連絡は自社が先 自社に連絡したうえで、客先には事実を共有する。内容は両方に同じ4点(いつ・どこで・何をしていて・どうなったか)
- 労災隠しは犯罪 報告を出さない、虚偽で出すことは罰則の対象。渋られたら、記録を残して労基署に相談する
- 通勤災害は経路が基準 合理的な経路から外れた間は原則対象外。現場が変わった直後は経路を確認する
- 在宅は私的行為が境目 仕事の作業中のけがなら労災の対象になりうる。迷ったら自社の管理部門か労基署へ
- 線引きの基本 仕事が原因なら健康保険ではなく労災の側、仕事以外なら傷病手当金など別の制度。判断が難しければ労基署か自社の管理部門へ
SESは、客先と自社の間に立つ立場のせいで、けがをしたときの動き方が見えにくくなります。ただ、窓口は自社だという軸が決まっていれば、迷う時間は短くなります。
まずは今の現場で、自社の営業と管理部門の連絡先がスマホに入っているかを確認してください。それが、けがの備えとして一番手間がかからない作業です。




